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プロフィール

気功師:“げん”

Author:気功師:“げん”
名前 :“げん”

年齢 :団塊世代

職業 :整体師(定年リタイア後)

気功暦:20代で仕事上のストレスから重度の胃潰瘍となるが、「シュルツの自律訓練法」及び「自己催眠法」を習い、手術を免れる。

30歳で気功に巡り合い、練功歴38年、推拿歴13年、太極拳歴11年
MEINSITE:気功整体・癒しの空間


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昨日の続きです。6pic.jpg


第四日
四十分から五十分位が適当。
静座・合掌して御製を奉誦すると、前日の心理状態が心に早く浮かんでくるようになる。従って静座気分も早く整ってくる。合掌の手掌も同じように発霊して来る。
二十分位静座が進んだときに、今度は両手を第六図のように握り合わせて膝の上に置き、静座を継続していると発霊の調子が合掌のときと同じようになってくる。
約十分間位過ぎたら、再び、合掌に移ると一層発霊の調子が整ってくるのである。
更に十分間位合掌した後、今度は第七図のように掌を直角にして、右手を左掌内と二・三寸位隔てをおいて静座に気分でいると左掌内に一箇所細い風が当たるように涼しく感ずる所があるが、これは右手の中指を中心として放射している霊気が左掌内に当たるために感ずる感じである。従って左掌内随意のところに換えれば、其の換えたところに其の感じが移動してゆくのは当然である。
これらの練習を静座を交えて行うことは、発霊、及び霊感を体得するに大変有利である。この練習を行うとき、最初の内はなるべく閉眼のほうが良い。
この練習を終わるときは再び合掌に帰り、更に御製一首を奉誦して、其の日の静座を終わる。

第五日
一時間ぐらいが適当である。静座の要領は前日の通り進めなければならない。
御製を奉誦して約二十分間静座・合掌していると霊熱も霊波も調子よく発動してくるから今日も前日と同様の練習を二十分間位するのも良い。
それから合掌に移って、また二十分位すると発霊の調子が整ってくるから其のとき、第八図のごとく肩の「コッ」ている人の肩に右手を当てて左手は膝の上におき、今までと同じ気分になって、約十五分間位手を動かさず、一箇所に当てたままいると手から出た霊気が肩のコッた人に移っていくために(治療)手を取ると肩が軽くなってよい気持ちになり、「コリ」が解けるのである。
この時、肩に当てている右手にビリビリ「痺れ」のような感じがするがこれを「病感」と名付けている。
もし、其の病感が分からなかったら、右手を肩につけたままで左手(膝の上の)と其の感じを自分の心の内で比較してみると、感じが異なるものであるが、其の異なる右手の感じが皆、病感である。
この程度できるようになったら初歩としてはまず、卒業である。
この基礎を尊重してこれを幾回となく繰り返し、繰り返し、数多くすれば立派な治療が出来るようになる。
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「霊気療法」を述べるのなら、早くやり方を教えろ、・・・との声が聞こえそうですが、ちょっと待って頂きたい。
「霊気療法」の初歩から奥義までを完全にマスターするには、まず第一に「霊気療法」が出来る体にならなくてはいけないのです。
そのための方法として、霊修養の順序を公開したいともいます。

霊気療法を実行するには、まず手掌よりの発霊を第一とします。
そして、発霊した手掌を病気に箇所にあてて、病気を治すのが第二です。
手掌より発霊し、それが自分で判るようになるためには、本編の修養の順序を踏み、五日間継続修養をもって一修養とし、これにより一定の治癒能力を得られますが、この修養を何度も繰り返すことにより治癒能力はますます熟練します。
これを、伝統霊気では「五日修養」と呼びますが、五日修養は一生のうちに1回だけすればよいと言う説もあります。
しかし、回数を重ねると確実に治癒能力は向上しますので、繰り返し修養されることをお勧めします。

以下にその修養法を記します。

習得法
(一)静座
霊気療法を習得するにはまず静座をして心身の平静統一を図る必要がある。
最初、静座するには静かなところを選ぶか、夜分の静まった時間を利用するのが有利である。
イ)正座でも片膝ついた坐禅でも自由であるが、臍下丹田を圧迫しないようにすることが大事である。
 (現代的に言えば、椅子でもOKだろうと思います。)
  正座のときは両膝頭を少し開く。
ロ)長時間の静座にも堪えられるよう、脊椎はなるべく垂直にすることが望ましいが、あくまでも自然体で、無理に垂直にしてはいけない。
ハ)瞑目、 開眼は雑念を招き、精神散乱しやすいので瞑目とする。

(二)合掌
静座したら、合掌に移る。
この行の目的は、心の力である霊気を手掌に集結させることである。
肩と肘に力を入れないように両手を合わせ、肩は下方に下げる気持ちで、臂は軽く両脇下に接して合掌を支える。
五指は揃えて両掌を軽く接着し、掌内に真綿を挟んだような意識を持つ。

(三)浄心法
静座合掌の姿勢が出来たら、浄心法といって、一層精神を清浄にし、統一するために「明治天皇の御製」を一首奉読し、この御製にあらわれた大御心に自分の心を照らして、直ちにこれを奉体する。
(二首 例を挙げます)

いかならむ ことにあひても たゆまぬは わがしきしま(磯城島)の 大和魂

あさみどり すみわたりたる おおぞらの ひろきをおのが(広きを己が) こころ(心)ともがな

(私見ですが、本来求められているものは無念無想ですが、これはなかなかその境地にはなりきれないものです。したがって無(ゼロ)に成れなければ、とりあえず1になれとの便法だと思います。つまり、一心に何かを唱えれば、雑念は浮かんでこないとの理論でしょう。したがって、必ずしも「明治天皇の御製」にこだわる必要は無いわけです。ちなみに、私は「虚空蔵菩薩の真言」、のうぼう、あきゃしゃ、ぎゃらばや、おん、あり、きゃーまり、ぼり、そわか・・・を唱えることをお勧めします。・・・・・微超能力を得られるからです。)

(四)発霊法
このようにして精神が清浄になったら、この精神を忘れず静座を継続すると心が自然に清くなり、合掌している手掌に温熱が湧出してくるが、これを「霊熱」という。
さらに静座を継続すると、心身の調和が得られるに従ってさらに軽く電波様のものがピリピリと掌に感じてくるようになる。
この「霊熱」と「ピリピリと感じるもの(霊波と呼ぶ)」の合体がこの療法の主体となる「霊気」の発動である。
最初はこの感じが薄いが、段々静座が調子よくなるに従って強く感ずるようになってくる。
また、心身が調和するに従って、其の感じも敏感となり、これと反対に精神の調和が乱れるときは自然に消失する性質のものである。

静座は心身の調和を求める手段方法であるから、身体の中央、すなわち丹田に心を置かなければならない。
また、何事に境遇しても乱されないように調和の力を求めなければならない。

心身の調和力が整ってくれば、合掌の発霊もそれに伴って増加してくるものであるから、この心身状態を自分で練るのが静座の修養である。

静座の時間は一時間ぐらいが適当であるが、座ることに慣れない人は無理だろうから、段々なれるに従って時間を延長して行くのが良い。
最初この修養を始めたら、五日乃至七日連続するのが良い。

次に、五日計画の修養要領です。

第一日
前述の要領で三十分位静座する(一時間出来れば有利である)
この時、静座・合掌・浄心法が終わった頃に数回深呼吸を行うと心身の調和が容易である。
この日の静座の終わりには、注意していれば合掌している掌に霊熱が発してくることを感知出来る。

第二日
三十分から四十分位が適当な時間である。
御製の奉読はもちろん前記修得の方法を通読し更に、前日の静座気分を呼び起こして、それに引き続いて静座を重ねるのであるが、この日の静座の終わりには、合掌している掌に霊熱も増加してくるが、其の外に、ピリピリとした痺れのような感じを感知する事が出来るようになる。

第三日
四十分位が適当である。
静座の意義及び心得を、喚起追想して、謹厳に、御製を奉誦する。
このようにして静座気分を増進すると霊熱も追々早く出るようにもなり、ピリピリする霊波も強く感じてくる。
この霊波を体得するには次の方法で練習すると早く体得できる。
第四図のごとく静座の終わり頃に合掌している手を静座気分を乱すことなく、左右に二・三寸(6~9cm)位徐々に開くとピリピリする霊波は大きく両掌に感ずるものである。また、静かに元の合掌に帰るときは両手が吸いつけられるような感じがする。この種の練習をするときは特に静座気分を乱さないように注意しなければならない。
この練習を4・5回繰り返すと霊波の感じを体得することが出来やすいものである。
※ 第五図参照


-霊気療法2-

-霊気療法2-
「霊気療法」は“気”の療法です。
“やる気”、“治す気”が強い人が手当てのコツをしっかりと学習すればかならず会得できます。
気をつけなければいけないことは、西洋医学にも難病奇病があるように、「霊気療法」でも、どうにもならないものもあることを自覚することです。
「霊気療法」は西洋医学のように対症療法ではありません。
すなわち、特定の病気を治す療法ではなく、人体の“気”の流れを旺盛にし、整える療法だからです。
同じ病名の甲さんが快癒したからとて、乙さんも同じように治るとは限りません。
施術者、被術者相互の“気力”の強弱によって効果が違ってくることもあるわけです。

痛みや、苦しいところに掌を当てて治してあげたりして、相手から感謝されると「自分が掌を当てればどんな病気でも治せる」などと、過信したがるものです。
WEBでも、そうした勘違い男(あるいは女)のページを見て、引っかかる人がいなければ良いが・・・と心配して気をもんだりします。
こうした、安易な考え方は絶対にしてはいけません。

どこまでも謙虚に、相手と自分の自然治癒力を信じて無心になって、生命の知恵にゆだねるのです。
修行が足りず無心になれなければ、一心でもかまいません。
そう、治したい一心です。
一心になれない人、邪心や功徳心があっては、治療はできません。

あるレイキの先駆者が出版物に「レイキの10大特徴」と言うものを記したところから、それが当然のように受けとられている現状がありますが、その中で、冒頭に「トレーニングや修業・訓練が不要で誰でもアチューンメントを受ければ、「レイキ」のエネルギーを受けて、自分にも、相手にも流すことができる」とありますが、ただ、アチューンメントを受けただけで、霊気治療ができる人を私は知りません。
“気感”(病感とも言います)といいますが、“気”が流れる感覚を知らなければ、相手の病腺(患部から発せられる病気の信号)も知ることが出来ないからです。
通常、修養を積んだ人の掌からは、旺盛な“気”が出ています。
被術者の患部は、通常“気”が不足していますから、磁石に引っ張られるような感覚が出てきます。
あるいは、陽気が亢進して、跳ね返すような反応があることもあります。
冷たく嫌な“気”が出ていることもあります。
たった1度の霊授(Attunement)で、これらがわかる人が本当にいるのでしょうか、疑問です。
そろそろ、目を覚まして頂きたいものです。




-霊気療法-

久々に“霊気”について語ってみたいと思います。

ーはじめにー
掌(てのひら)を当てるだけで病気がよくなり、健康になれる。
医者も薬も健康器具、健康食品など一切使わず、免疫力を高め、女性は美しくなれる。
場所を選ばず、時間も問わない、・・・・・「霊気療法」は自分自身の健康を守るとともに、真心(まごころ)と愛情をもって、あなたの大切な人の心身両面の悩み・苦しみを取り除く、古くて新しい「療法」です。

 現代の西洋医学は技術の革新が著しく進み、新薬の安全性も向上したことは周知の事実ですが、臓気移植やクローン技術などに見られるように、専門性に特化するあまり、「木を見て森を見ない」傾向が一段と強まったといえるのではないでしょうか?。

 その結果、臓器に症状が見られないもの、検査で結果の出ないものは、原因不明、または異常なしと診断され、難病・奇病は、手の施しようがないのが現状です。
東洋医学には、「未病」と言う概念があり、「漢方薬」・「鍼灸」や「気功整体」 などが、その部分を補っている感がありますが、人間も含め、生物には「自然治癒力」という大きな力があり、その大きな力を引き出す方法のひとつが「霊気療法」だと思うのです。

 “霊気”の創始者である臼井甕男や、林忠次郎、タカタハワヨなど霊気の先達は皆、自分の治療院を持ち、悩み・苦しむ人々を救ったと記録にあります。西洋霊気普及の先駆者であるタカタハワヨ氏も、もっぱら治療に専念し、普及活動を始めたのは、体力の限界を感じた晩年からであると言われております。

 しかしながら、現在の日本におけるレイキの実態は如何でしょうか?。
高額の伝授料金や著作を生活の糧とし、自己の流儀で本来無かったものを付加し、商品化しています。
その説明においては、稚拙で笑止千万と言わざるを得ません。
 
 どうせ、“気”など、わかるものは少ないのだから、「言ったもん勝ち」だといわんばかりです。
もしかして、言っている本人も“気”を知らないのではないか?と思える記述も多数あります。
“気”を感じることのできる人は結構多いのです。また、“気”はわからないまでも、「なにか、違うんじゃないの」と感じている人はもっと多いでしょう。

 “霊気”は療法です。
この度は、気功師:“源” の感じたままをシリーズで綴ってみたいと思います

-霊気療法-
科学技術の進歩は目をみはるものがありますが、正常な判断力の持ち主なら「霊気療法」など、「何を、今更!、」と思われることでしょう。
しかし、「霊気」をはじめとする「各種手当て療法」は、人類が最初に試みた、最古の「療法」でありながら、自然治癒力を高め、人を健康に導く、もっともシンプルで効果的な方法なのです。


-人は大自然と一体で生きている-
宇宙の万物は一瞬の休みも無く、循環・代謝を繰り返しています。
人間は、小さな存在ですが、この大自然と同じルーツ(同根)をもち、同じ方向性を持ってシンクロしているのです。
すなわち、自然に従い、順応することで、循環・代謝が正しく行われるのです。
このルールから外れたとき、体になんらかの違和感を感じ、場合によっては「命」を失うことさえあります。

大宇宙とシンクロする窓口は2箇所、体表すなわち皮膚全面(東洋医学では肺も皮膚の一部である)と、口から肛門までの一本の管です。
この二つの接触面を通じ、人体はたえず空気や食べ物を摂取し、生産されたエネルギー(生命力)を体内に循環させ、一個一個の細胞に栄養分を与え、代謝によって発生した老廃物や毒素を排泄するのです。

自然界には、この排泄した老廃物や毒素を必要とする生物がいて、代謝・排泄が相互に円滑に交流して、人間をはじめ、あらゆる生物がバランスよく生きているのです。

この、自然界に循環する生命エネルギーを中国や日本などでは“気”と呼んでいます。
「手当て療法」は、この“気”を感じ、コントロールして活用することにより、病弱者の自然治癒力を活性化させ、健康に導く方法です。

「霊気療法」は臼井甕男氏が提唱した「手当て療法」の一つであり、ギリシャの医祖・ヒポクラテスや、釈迦、キリスト、達磨、弘法大師が行ったとされる「手当て療法」と同じルーツ(同根)をもち、同じ方向性を持った療法であり、決して「レイキ」だけが特別の存在ではありません。

ここのところを勘違いすると、高額のお金を支払ったにもかかわらず、何も得るところがなかった、・・・と不満を漏らすことになりかねないのでご注意申し上げます。

ということで、次回からシリーズで、「霊気療法」の理論と具体的な方法を述べてみたいと思います。

陰掌調気法

新潟は、最高気温33℃になるそうである。
昨日は、日帰り温泉で昼酌、我が家で晩酌、そのせいか起床は6:45とかなり遅め、顔を洗って、
「陰掌調気法」40分の練功である。
手に纏わりつく、冷たい“気”を感じる。
練功時だけでなく、しばらく2指から、冷たい“気”が出るのが不思議である。

一昨日、自宅にスカイプ用のカメラ2台届く。
ヤフオクで買ったものである。
晩酌をしながら、カメラを居間PCと、寝室PCにセットセット、試験するが、きわめて満足な結果である。





今日はお墓参りの日である。
早朝に、次男夫婦が3人の孫を連れてやってきて、仮眠中である。
昨日、23時に川崎を出発したが、首都高も関越道もガラガラだったと言う。

全然関係ないが“来人”は昨日「スカイプ」を設置したのである。
テストはしたものの、職場のノートPCは壁側に設置してあり、顔が真っ暗である。
これでは、「黒人」と間違えられそうである。

まぁ、改善策はおいおい考えることにして、次の問題点は「相手」がいないことである。

どなたか、使い方のアドバイスを含めお相手いただけませんか?
名前は、他のSNSで使っている“源”です。

名前:“源”
スカイプ名:kikoushi_gen
メール:kikoushi_gen104@yahoo.co.jp

です。

猛暑

新潟は猛暑である。
天気予報によれば、全国的に猛暑で、北海道が沖縄より暑いとか報道していた。
「新津」と呼ばれるこの町は、人口6万人ほど、新潟市の東南端にあり、行政上、秋葉区となっているが、新潟市中心部に比べ、夏は1℃暑く、冬は1℃寒いのである。

先日も書いたとおり、“来人”は定年後の第二の人生を歩き始めたわけであるが、開業間もない弱小整体院にとって、この猛暑は、まさに逆風である。

先月は、開店特別催として、料金を割引したので、それなりに繁盛し、リピートも多かったのであるが、この猛暑では、余程具合が悪くない限り、整体にかかろうという気もうせるのも当然であろう。

第二の人生なのだから、気長にやれば・・・・・と妻は言ってくれるので、せめてもの幸いである。

もともと“来人”は、何があっても動じない、超丹田の持ち主であるからどのような環境でも適応してしぶとく生きるのであるが、これも修行のひとつと思えばなんともないのであるが、・・・・・

などと、考えながら今朝も、一指禅功、指導員コース「陰掌調気法」40分の練功である。
日頃、善行を積んでいるので、今日はきっといいことがおきるであろう。

うぅーむ、今日は新潟祭り、恒例の万代橋付近に上がる花火である。
孫が待っている。
早退だ、早退だ、・・・・・

また、あしたのこころだ、・・・・・

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